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桜、その原風景

 桜は太古の昔から、日本に自生していました。しかし、その生息地はきわめて限定されていたと思われます。なぜなら、日本の山野を覆っていた暗い森が桜の生存を阻害していたからです。明るい陽光が降り注ぎ、水はけのよい土地でなければ生きられない桜は、鬱蒼とした森を避けて暮らしていたはずです。森がとぎれるあたりとか、崩落や洪水で森が破れた跡地などで、人知れず花を咲かせていたのでしょう。

 桜がその生息域を広げたのは、人間の活動によってです。

 この列島の人々が定住生活をはじめたとき、彼らは森の木を切って生活しました。たとえば照葉樹が生い茂る西日本の暗い森は、集落に近いところでは、明るい雑木林の空間へと変貌をとげていきました。桜はそこに進出したのです。

 古代の山野に咲く花は、園芸品種が満ちあふれる現代とちがって、貧弱な花が多かったにちがいありません。そういう中にあって、桜はひときわ目立ちます。栽培技術の粋をつくした現代の花々と比較しても、桜の美しさは一頭地を抜いている。その桜が、人里近くの山々に、次々出現したのです。古代人はさぞや驚いたことでしょう。

 森羅万象すべてが神であった古代世界では、桜は心やさしい妖精となり、みめうるわしい女神になりました。いつしか人と桜はさらに近づいて、仲のよい隣人になってしまいます。

 このようにして、人里近くには雑木林の里山があり、里山には桜があるという日本の原風景ができあがるのです。万葉の歌人たちが心をこめて歌い、平安の王朝文学がこよなく愛した桜は、貴人たちの趣味としてそこにあったのではなく、はるかな昔に形成されたこの原風景に根ざしていたのです。春ごとに繰り返される現代の花見も、桜前線の東進を伝える昨今のテレビニュースも、その延長線の上にあるといえます。